理事エムです。
2007年、平成19年。今年もいよいよあと1日です。
あらゆる方面において、信用していたものが揺らぐ事件が多くおきました。
政治の世界のあらゆる疑惑。大臣が何回も代わった省もありましたね。
法律を無視した偽装が30年も前から行われていた会社がありました。
そういえば、評判の割にまずかった有名メーカーの商品。
ああ、やっぱりそうだったのかというものも、個人的にあります。
こうした問題が、各マスコミの10大ニュースに散りばめられています。
さて、わたしにとっての10大ニュース。
大きく変わった1年ではありませんでしたが…。
自分の中の1位はこれです。
「なんだ、こんなこと」と笑う方もいるでしょう。
それは…。
お恥ずかしいです。
補聴器などが見えていても、自由自在な髪型が自然にできるたくさんの親子に出会ったことです。
11月に、聞こえない子供たちの集まりに参加する機会がありました。
準備を済ませ、遊びかたがた子どもたちが一人、二人と集まり、あちらでパパとボール遊び、
あちらでは組んずほぐれつ子供同士でじゃれあう…という風にイベント開始を待っていました。
おい、君補聴器大丈夫?そこは慣れているのでしょう。子供は遊びの王様。
女の子もけっこういますね。…え?
この子はポニーテール。
この子は三つ編みのお下げ髪。
ああ、結構凝った編み込みの子も。
これは自分も聞こえていた頃やったことがないなあ。
皆、補聴器や人工内耳の装用具が見えてるじゃない…。
わたしも、あんな髪型にしたかったのに。
ああ、困ったな。ここでなんで目がうるむんだろう。
立っているのもつらいよ。
だめだめ、しっかりしなさい、もう私は大人なんだから…。
失礼しました。子供たちとは結局、楽しく遊んできました。
問題なく聞こえていた時期と、好きな髪型を楽しむことができた時期は
同じです。5歳まででした。
小学校卒業までは、鼓膜に穴が開いていて手術もためらわれる状態だったため、
髪を洗うのは週に1度、しかも洗髪は必ず家族の手で行われました。
そんなに大きくなっても家族が神経質にしていたのは、中耳炎の再発が怖かったからです。
そんなわけで、定番の髪型はおかっぱで段を入れる際には、必ず耳が隠れるようにしていました。
髪を伸ばせるようになったのは、高校に入り、鼓膜が成長にしたがってふさがったことが
確認されてからです。
学校に行く前に母が髪の一部を三つ編みにしたり編み込みを入れたりしてくれました。
それも、母にとって耳が見えないようにするのが必須でした。
今でも、母と外食する時は補聴器を着けている側が何とか隠れるように座らされます。
また、外出時は絶対髪を縛りません。
耳を自然に出したまま色々な髪型をした子供達を前に、激しく動揺した自分に驚いています。
小学生の私が、彼女たちを見ていたら確実にひっくり返って泣き出していたでしょう。
その時期にしか出来ない、その時期しか似合わない髪型があります。
また、やわらかいしなやかな髪を、落ち着かない子供をなだめながら好きな型に
編んでいく母親の喜びも、その時ならではの格別なものでしょう。
その機会を、難聴という一つの理由で親子ともども奪われた時間の流れにも驚きます。
これまで女性は補聴器や人工内耳を装用しているのを隠したがる、
女の子の親はなおさらという風に思い込み、要約筆記の講師をする際も
そう教えてきました。
それがこの機会に覆されたのは自分にとって驚きでしたが、いつかは
知らなければならないことで、時機にかなったものであったと思います。
もちろん、病気で髪型に厳しい制限を課せられる子供たちは、なおいます。
これからを生きる子供たちには、好きな髪型にできることが、
どれだけ自由で幸せであるか、いつかは気づいてほしい。
その髪型で自然に振る舞えるようにしてくれる親御さんたちを、暖かい目で見守りたい。
よいお年を。