雑誌 出版ニュース 2013年7月下旬号掲載 「マラケシュ条約」

ATDO副理事長の河村宏が、定期的に雑誌「出版ニュース」に、アクセシビリティに関して、寄稿しております。

2013年7月下旬号掲載「マラケシュ条約」をご紹介いたします。

ちなみに、『全盲の人々、視覚障害のある人々、あるいはその他のプリントディスアビリティのある人々のために、出版物へのアクセスを改善するマラケシュ条約草案 』の全文の日本語訳は、DINFにて見られます。

・・・・・・・

マラケシュ条約(雑誌 出版ニュース 2013年7月下旬号掲載)

河村 宏

 ユネスコ世界遺産に登録されるマラケシュにすべてのWIPO(世界知的所有権機関)加盟国代表が集まり、6月末に「盲人、視覚障害者及び読字障害者の出版物へのアクセス促進のためのマラケシュ条約」(WIPO日本事務所訳)に合意した。
 障害者の対等な参加と参画には、十分な知識と情報のアクセスが必須だ。マラケシュ条約は、国連障害者権利条約が約束する出版物のアクセスを保障するための「アクセス可能化した複製物」のグローバルな電子ファイルの配信システムに法律的な根拠を与える。
 著作権者は、この「アクセス可能化した複製物」の配信システムの機能によって、自らは収益性のある範囲の出版だけを行いつつ、世界中の障害のある読者に対してもアクセスを保障することが可能になる。
 その場合、条約の規定により非営利で「アクセス可能化」作業を行う図書館等の非営利団体の存在が不可欠だが、著作権者は率先して完全なテキストファイルと画像ファイルを提供して効率的な作業に貢献することができる。
 日本では既に平成22年1月に施行された著作権法改正以来実施されているデイジー(DAISY)型式の電子図書の障害のある読者へのオンライン提供は、マラケシュ条約によってグローバルな規模で可能になる。読書に障害のある日本の学生が、英米等の数十万点に上るデイジー化された専門書を自由にオンラインで利用できるようになり、逆に途上国を含む外国の障害学生も日本のデイジー図書に自由にアクセスできるようになる。
このグローバルな配信システムの運用は、やがてアクセシブルな出版物の潜在的な市場の大きさを著作権者に知らせることになる。
 「著作権の制限」に関するマラケシュ条約の本当のねらいは、アクセス可能な出版の普及による知識アクセス問題の根本的な解決である。著作権者が自らアクセス可能な出版を行えば、条約が規定する「権利制限」の必要も無い。
 従来は、収益が見込めないという理由で点字版、大型活字版、デイジー版が出版されることは希だった。そこでDAISYコンソーシアムはIDPFと共に最新版のデイジー規格でもあるEPUB3の開発に全力を尽くし、DAISYのアクセシビリティ技術のすべてを商業的電子出版の国際標準規格であるEPUB3で実現した。その結果、アクセシブルなEPUB3で出版すれば、全盲や盲ろうの読者が点字ディスプレイで読み、読み上げや大きな活字、あるいは自分に合った画面色で読めるので、著作権を制限して「アクセス可能な複製物」を作る必要は殆ど無くなるのである。
 実際、長期にわたったマラケシュ条約交渉の過程で、WIPO事務総長は積極的にアクセス可能な出版を推奨し、それにこたえてDAISYコンソーシアムとIPA(国際出版連合)が共同でアクセシブルな出版のガイドラインを発表している。
 全盲であり世界で最も著名な歌手の一人であるスティービー・ワンダーは、合意成立の日にマラケシュに駆けつけて、この条約が「利益を確保しつつ同時に大義に貢献することは可能」という重要なメッセージを世界のリーダー達に送っていると指摘し、条約交渉参加者の忍耐と英知を絶賛した。

(R.M.)