国際会議「インクルーシブな出版とeBookの流通:プリントディスアビリティの人たちのアクセス

国際会議「インクルーシブな出版とeBookの流通:プリントディスアビリティの人たちのアクセス」レポート

2012年6月8日から9日、米国メリーランド州ボルチモアのNFB (全米視覚障害者連合)において、国際会議「インクルーシブな出版とeBookの流通:プリントディスアビリティの人たちのアクセス 」が開催された。
ニューヨークで開催されたBEA (BookExpo America)と、その後のDAISYコンソーシアム理事会、総会に続いての講演会で、DAISYコンソーシアムの理事を中心とするメンバーも各国から参加した。
2011年10月のEPUB3リリース後の、大きなうねりの中での講演会であった。EPUB3は、HTML5 等の最新の技術や、DAISYのアクセシビリティの技術を採用しており、また、日本語の縦書き・ルビ等の多言語対応も行われた。

今回の会議では、Apple、Google、AdobeやPearson等の大企業が参加していたことが印象深かった。講演者は口々に、この18ヶ月が世界を変えるチャンスだと語った。これまで、障害者コミュニティの中だけで使われていたDAISYが、IDPFとの連携により、一般的な市場と繋がった。AppleのiBooksは、DAISYの技術で音声の同期したEPUB3図書の再生を既にサポートしている。一般市場にアクセシブルな電子書籍が出回れば、障害者は、これまでのように、誰かがテキストデータを抽出したり、録音したりするのを待たないで、最初から読めるものを購入できる。
アクセシブルな電子書籍は、障害者だけでなく、誰にとっても使いやすいものでもある。例えば、リフローできる本は、画面の大きさが小さいデバイスでも読むことができる。文字データが入っていれば、テキスト検索や音声読み上げができる。

SONYも楽天koboもEPUBを採用している。ただ、ウェブの技術と同じように、規格はアクセシビリティを保証していても、各コンテンツのアクセシビリティは製作者に依存する。これまでのように、国立点字図書館等の障害のある人へのサービス団体が中心ではなくて、一般市場を対象にした企業が製作をするようになる。この18ヶ月で、業界がどのように構成されていくのかによって、メインストリームでのアクセシビリティをどこまで実現できるのかが決まっていくだろう。上手くいけば、多様な端末で、誰でも、文字を大きくしたり、音声読み上げを活用したりして、自由に読書を楽しめる。一歩間違えば、文字を大きくしたり、音声読み上げをするために、図書自体を最初から作り直さなければならなくなってしまうだろう。

会議は、NFB代表のMarc Maurer氏の「私たちは読みたい。大きな市場だ」という言葉から始まった。

K–NFB(Kurzweil社とNFBとのジョイントベンチャー)のblioは、一般向けの電子書籍ストアとビューアを提供しているが、運営者は視覚障害者で、提供されている図書もビューアもストアもすべてアクセシブルだ。誰もやらないなら自分たちでやると始めた。世界最大の書籍配信業者の1つであるBaker & Taylorの図書も扱っている。ビューアはクロスプラットフォームで、iOS, android, PC等、利用者が最適な環境を選べる。多様な障害のある人たちにとって、自分に最適な環境で読書できることは重要だ。これまで、アクセスできる図書を点字図書館から借りていた障害のある人たちが、電子書籍の購入者になった。

講演会の内容を簡単に紹介する。

• 6月8日基調講演:DAISYコンソーシアム代表 Stephen King

キング氏の講演は、「本の飢餓がおきている」という言葉と、友達と同じ本を読みたいと願う、目が見えない少女の映像ではじまった。
出版社も、国際団体(WIPO等)も本の飢餓をなんとかしたいと願っているが、どうすれば良いのか分からず、実現に至っていない。イギリスでは、2011年に出版された本のうち、アクセシブルな本は7%だが、2010年に売れた本の上位1000冊の54%はアクセシブルな電子書籍だった。業界は大きな変革の時で、出版をインクルーシブにするチャンスである。出版業界、国際団体、著者団体、著作権団体にも、理解者達がいる。一緒に動くことが必要である。
インクルーシブな出版とは、インビルト(最初から組み込まれた)のアクセシビリティを備えた出版である。現状の出版技術は、一般向けと障害者向けに分かれているが、分けずに一緒にすれば、時間、労力、コストを削減できる。視覚障害者のためにカスタマイズする仕事は必要なくなった方が、無駄遣いがなくなり、みんなにとって良い。と述べた。

• IDPFとDAISYコンソーシアムのCTO(最高技術責任者)、Markus Gylling氏
ebook改革により、ユーザーの使う機器も、利用者も多様になった。一つのものをきれいに見せる、固定された、完璧な表現の時代から、ユーザーの環境によって自由度のある表現(リスポンシブ出版)へ移行している。アクセシビリティも、従来の固定されたものから、自由度のあるビルトインのものに移行している。
EPUB3のアクセシビリティについては、ガイドライン、サンプル、チェックリスト、チェックツールの開発を進めている。
続いていくつかの好事例が挙げられた。
イギリスのPearson社はサーバーベースでアクセシブルな電子教科書・教材の配信を行っている。
Adobe InDesign CS6では、EPUB3 Advanced Adaptive Layoutへの出力をサポート。
Benetech はReadium でTTS(合成音声)が快適に使えるよう、開発を進めている。
Ingram Groupの電子教科書プラットフォーム「VitalSource」は、統合されたQTIと共にEPUB 3.0をサポート。
Googleはクライアントのアクセシビリティ向上のための開発を進めている。
最後に、EPUB ウィジェット・ツールキットの開発が予定されていることを述べた。

• O’Reillyから出版された「Accessible EPUB3」 の著者であるMatt Garrish氏
ウェブで公開している、アクセシブルなEPUB3コンテンツのガイドライン の紹介。マークアップ事例等が掲載されている。
アクセシビリティチェックは、コンテンツ制作ツールに入っているべきだ。現在開発しているアクセシビリティチェックは、カスタマイズ可能で、GUIやプラグインアーキテクチャも開発している。
質の良いデータと、質の良い読書システムからなるアクセシブルな読書は、すべての人にとって良いものだ。

続いて、各団体・企業からのプレゼンがあった。

• Apple
iBooks Authorのアクセシビリティの機能の紹介とデモ。
アクセシブルなコンテンツと、iPhone、iPad、iPod、OS X等に搭載されているVoiceOver(読み上げ機能)の組み合わせで、電子書籍をアクセシブルに読める。
制作ツールには、画像に代替テキストをつけたり、ビデオにキャプションをつけたりする機能等が用意されている。

• Google
google playには現在、4百万以上の電子書籍がある。
クラウドのクロスプラットフォームのアプリには、メモ書き機能や、翻訳機能があり、固定レイアウトや音声・ビデオが入ったコンテンツの表示もできる。
今は、紙の本のスキャンから、最初からデジタルな図書への移行期である。

• Internet Archive
オンラインの電子図書館。1996年にウェブページのアーカイブを目的に始まったプロジェクトだが、現在は、350万冊以上の電子書籍と、音声、動画等も掲載している。電子書籍には、DAISYやEPUBフォーマットのものもある。販売されているものも、無償で公開されているものもある。

• Adobe
Digital Editions1.8 では、EPUB3の日本語テキストへの対応や、VoiceOverや、NVDA、JAWS等のスクリーンリーダーへの対応がされた。現在プレビュー版が公開されている。

• DAISY再生専用機の紹介
Humanware と日本のシナノケンシ からは、DAISY再生専用機の紹介があった。iPhoneやandroid端末等、多様な機器で電子書籍を音声で聞けるようになったが、高齢で目が見にくい方など、最新機器を使いこなすのが難しい人も多い。誰にでも使いやすく、読書に特化した機器のニーズも高い。オンライン図書館から図書を読む機能も紹介された。

• 6月9日基調講演:DAISYコンソーシアム事務局長、IDPF代表、George Karsher氏
もう25年もコンピューターを使って、印刷物やPDFを作ってきた。この18ヶ月に、ボーンデジタルの図書をどのように作るかの進路を決めて、関係者の姿勢(attitude)、手法、参加を形成するとき。
出版社は、専門性とコントロールを持っている。出版社と協力して、出版される時点でアクセシブルな図書を実現するのが、最も良い方法だと思う。
今後、電子書籍は、インタラクティビティ、動画など、多様な新しい機能を持つようになる。出版社にとっては、アクセシブルな次世代電子書籍の業界を先導する好機である。出版社をサポートするための、EPUB3のサンプル図書やツール等も提供していく。

続いて、各団体・企業からのプレゼンがあった。

• イタリアのLibri Italiani Accessibiliプロジェクト
イタリアの文化庁とイタリア視覚障害者連合との共同プロジェクト
中小の出版社を対象に、電子書籍の出版と流通の研修を実施するプロジェクトで、アクセシビリティに配慮された内容。DAISY規格で作ったものは、規格がアップデートされても、変換できることをDAISYコンソーシアムが保証してくれるので安心。
DRMはないにこしたことはないが、もし必要だとすれば、どのようにアクセシビリティを保証するのか、課題である。

• Pearson

アクセシブルなコンテンツの制作・提供では、ワークフロー全体でアクセシビリティに配慮することが重要。努力しているのにポイントがずれていて、利用者に聞けば簡単に解決することに労力をかけていることがある。例えば、フラッシュで作った教材をJAWSで読めるようにがんばっていたが、大変な労力がかかる仕事だった。結局、最初からフラッシュで作らずに、HTMLとMathMLで作ればすむと分かった。HTMLにすることで、再生ツールの選択肢も増えた。
会社の全ての部署の人を集めて、各部署でやっていることを確認して、効率的にアクセシビリティへの対応をしている。
文化の変革も起こっている。画像の代替テキストの入力には、一番分かっている著者も巻き込んでいる。
今回のような、アクセシビリティの講演会を開催して、情報を得たり、人脈を作れる機会を継続してほしい。また、誰に聞いたらいいか教えてくれるコンタクトパーソンが大切。自分たちでは難しい。

• Cengage Learning
20カ国以上を拠点とする教育関係の出版社。
アクセシブルな教科書・教材の出版への取り組みを紹介。同じコンテンツを、同じ時に、同じ費用で、アクセシビリティを保証することを目標としている。

• ADAアクセシビリティホットライン
アメリカには、アクセシブルなコンテンツの利用者と提供者の間でコーディネートする役割を担ったホットラインがあり、利用者も提供者も相談できる。

• GH
STEM(Science, Technology, Engineering, and Math / 科学、技術、工学、数学)の電子教科書・教材について。
MathMLが活用されたコンテンツは、拡大印刷、テキストと音声の同期、点字、音声図書等、多様なフォーマットに出力できる。TTSによる読み上げでは、1要素ずつ読める。
DIAGRAMプロジェクトでは、画像、チャート、表、図形等の入った図書をアクセシブルにつくる技術が検討されている。TTSの読み上げには、SVGが活用できそうである。図表などの代替テキストの入力には、著者の協力が必要。今後は、触図の同期も検討している。

• DIAGRAM プロジェクト
米国の文部省の特別支援教育局の5年間の研究開発プロジェクト。27のメンバー団体による、3つのワーキンググループ(数学、触図、コンテンツモデル)がある。
Poetは、クラウドの画像代替テキスト入力サービスであり、アクセシビリティチェッカーとTobi との統合がされている。
ボーンデジタルが、ボーンアクセシブルを意味するようにしていきたい。
教科書・教材等のより高度なアクセシビリティを確保するためには、図表の解説情報等も必要になるが、これらは、出版社、アクセシブルな教材提供者、教育者の協力によって、実現される。
新機能、既存の機能の強化、より早く、安く、簡単に、より多くの読者に本を届けましょう!そして、もっと本を売りましょう!

• SAS Inc.

ウェブベースで、地図、グラフ、図表等のデータを視覚障害者に分かりやすいように可視化する技術の開発をしている。
iPadのVoiceOverで、地図の情報を読み上げたり、特定の箇所の詳細を表示して読み上げたりできる。
SAS代表者は、10年前に見えなくなり、その頃は、Kurzweilで1ページスキャンするのに25秒、1冊読めるようになるのに3時間はかかった。技術の進歩により、状況はずっとよくなり、技術の進歩は続いている。

最後に、NFBの代表者2人からのお話があった。

• NFB Jerningan Institute 取締役Mark Riccobono氏

自分が子供の時はアクセスできる教科書がなかった。6日前に生まれた娘のエリザベスが学校に行くときには、環境が変わり、読める教材がきちんと提供されるようになっていてほしい。アクセシビリティはいつか保証されるとずっと聞いてきた。しかし、今学校にいる子供にすれば、アクセシビリティが実現されるのに、時間がかかりすぎている。今必要な子供達がいる。
アクセシブルなコンテンツと、メタデータ、検索できるツール、製作ツールが必要。
必要なときに、必要なものを入手できるのが大事。

• NFB代表Marc Maurer氏

銀行のATMができたとき、視覚障害者も使いたいと言った。いいですね、やりましょう!と言ったけど、いつまでたってもできない。銀行に聞いたら、だれも注文しなかった、という返事だった。技術的にはできることだった。誰かが注文し、お金を払う仕組みがなかった。その頃、法律でもATMのアクセシビリティは規定されていなかった。しかし、必要とする人々はいた。私たちは銀行に訴訟を起こした。銀行は、なぜ訴えるのですか、言ってくれればいいのに。と言ったが、何度話しても、実現しなかったのだ。最終的には、生産工場が、技術的に可能だと言って、機械を作ってくれた。そして、みんなそれを使った。
アクセシビリティについて話をするとき、業界が大きすぎるから、私たちのような小さな企業には何もできない。と言われる。いったいどれだけ大きな企業になればできるというのか。どんなに小さな企業であっても、技術を使って変革を起こすことができる。アクセシブルなものがあれば、そちらを選択して購入する人たちがいる。読むことに困難のある人は、総人口の10%であり、小さな市場ではない。アクセシブルな選挙投票機を作った会社が、次の年には、アクセシビリティの保証が国で義務づけられ、9700万ドル売り上げたことがあった。
空港のキオスクで航空券を発券したいし、タクシーの自動支払機で支払いをしたいし、学校の教材に何が書いてあるのか、どんな教育をみんなが受けているのか知りたい。特別な教育があると言う人もいるけど、私は他のみんなと同じ教育を受けたい。ある教科書出版社に問い合わせたとき、チャリティはやっていないと言われた。国が、アクセシブルな教科書の提供を法律で義務づけると、その出版社がやってきて、どうすれば良いのか分からないので助けてほしいと言った。
私たちに何ができるか言ってほしい。図書のアクセシビリティの実現を少しでも容易にするために、できることをしたい。
この会議は、将来を変えるものであったと思う。と締めくくった。

最後に
アクセシビリティは、電子書籍の製作から流通まですべての行程で保証されていなければ、意味がない。業界全体で、ワークフローのデザインの段階で、効率よくアクセシビリティを実現することで、コストを下げて、利用者を増やせる。世界が変わるという期待と熱気につつまれた講演会であった。
いくつかの講演資料は、NFBのウェブサイトよりダウンロードできる。
http://www.nfb.org/inclusive_publishing

ATDO 濱田麻邑 (hamada@atdo.jp) 2012/8/29